第2話 船酔いと団体客

 

 

 「…うぁ…」
どうやら生きているみたいだ。指先を動かして確認し、瞼を開ける。
 見慣れたいつもの天井が飛び込んできた。
「クレスさん…!よかった…気がついたんですね」
腰に届く長い金髪の少女――ミントの安心した声が横から聞こえる。
「ミント…そうだ…チェスターとアーチェは?!」
精霊の森で遭遇した2人組み、詳しく言えばその片割れと闘って気絶したことを思い出し、飛び起きる。
「チェスターさんもアーチェさんも、ちょうど先ほど目が覚めたところです。」
「そうか……それより…誰がここまで?」
力の無いミントが3人を此処まで運べたとは思えない。そう思って訊ねると、彼女はくすっと笑って答えかけた。
「それは…」
ミントの口より速く、部屋の扉が開き、その正体を現した。
「よー…起きたか?クレス」
バサバサの短い黒髪に深い赤の瞳、一言で美形と言ってもいい青年が気軽に手を手刀の形にして挨拶をした。
 ミントはどこか嬉しそうに微笑み、クレスはその姿を見て目を丸くした。
 青年の姿には見覚えがあった。その腰に携えている2本の刀にも。

 

 

 

 「リ…リンネさん?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕食は懐かしさが溢れて、賑やかなものになってた。
「それにしても、どこかで見覚えがあると思ったらまさか君たちだとはねー…!吃驚したよ」
クレス達がリンネと知り合ったのは現在から約100年前のモーリア坑道。指輪を探しに入ったところ、放浪していたリンネと出くわしたのだった。それ以来、アルヴァニスタでもリンネに会い、ヴァルハラ戦役では共に闘った。
「本当…久しぶりですね」
「アーチェは100年間会わなかったのか?」
クレスが不思議そうにアーチェを見やる。
「うん…クラースが生きてた頃はクラースの家によくいたんだけどね…今から50年位前かな?ふと姿消しちゃってさ、探しても行き違いになって見つからなかったんだよね…」
「まぁね…あれからもいろんなトコ回ったしね…それにしばらくはエルフの集落にいたし」
沸いた会話の中、100年前を経験したことの無いチェスターが中々会話に入れずにいた。
「あぁ…君がチェスター君?クレス君から話はいろいろ話は聞いてたよ。2人を助けるために犠牲になったって聞いたけど、無事でよかった」
にっこりと笑いかけられるとチェスターは少々たじろぎながらクレスを見た。
「あぁ…リンネは100年前に知り合って、いろいろとお世話になった人なんだ」
「ヘェ…この兄ちゃんが?」
チェスターの発言に一瞬場が凍った。
「…あっは…やっぱそう思うか」
リンネは気にした様子も無く、あっけらかんとしている。
「リンネさんはこう見えても…女の人なんですよ、チェスターさん」

……今度はチェスターが凍りついた。

 そう、リンネは女性にしては背が高く、髪型、言動も男っぽく顔も中性的で男と間違われやすいのだ。
「…マジかよ」
チェスターはいまだ信じられない様子で疑わしそうにリンネを見る。
「私は別にいいんだけどね」
「でもリンネさんは本当に強いよ。1対1じゃまだ僕なんか及ばないんじゃないかって言うぐらい」
ヴァルハラ戦役では何度も彼女に助けられたことか。ワイヴァーンと闘った時は危なかったところに駆けつけてくれて、一刀でワイヴァーンの首を斬り落としてみせたのもリンネだった。
「エルフって魔術が得意なんじゃなかったのかよ……」
チェスターは呆気に取られて思わず呟く。
「うーん…そのはずなんだけど、私は魔術使えないんだよね」
「は…?」
「私は今から110年前くらいかな…気がついたらあのユグドラルシルの前に倒れてて、それより前の記憶が無いんだ。外見だけ見ればエルフなんだけど、どうも魔術ってのが使えなくてな…まだ自分が何者なのか分からない感じ。」
100年前、クレス達と出会ったときも記憶を探す旅の途中だった。結局、何の手がかりも見つからなかったが。
「ま、そんなの今じゃもうどうでもいいことだけどな…過去を覚えて無くても今の私は私だし」
一瞬静まり返った食卓の雰囲気を取り戻そうと笑って見せる。
「…そうですね」
クレスが相槌を打ったとき、リンネが思い出したように本題を投げつけた。
「それより何があったんだ?森で。君達ほどの使い手があそこまで酷くやられるなんて?」
リンネもクレスたちの実力はよく知っていた。しかも、あのダオスを退けたほどの使い手であり、そこらの魔物にやられるわけは無い。
 クレスはチェスター、アーチェと顔を見合わせ、隕石落下地点付近で遭遇した2人組みのことを語りだした。

 

 

 

 

  「へぇ〜…別の星から来たらしく、さらに他にも仲間がいるみたいなこと言ってたんだ?」
クレスたちが頷くのを見ると、リンネは少々面倒くさそうにため息をついた。
「ま、君らがボロボロにやられるぐらいだから、相当面倒な相手に違いないね、うん。……とりあえず、手はあるのか?クラースもミントもいなかったとはいえ、向こうは2,3枚は上手なんだろ?」
「…………」
数秒間の沈黙が流れ、どことなく気まずい。
「……とりあえずアルヴァニスタにでも行ってみるか。ダオス並みに厄介な奴が現れた〜っつう土産話放っておくわけにも行かないだろ」
リンネは前髪を掻き揚げ、立ち上がると客室に向かった。
 どうやら今晩はこの道場に泊まるつもりらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日――――――アルヴァニスタに向かう船の上――

 頭上には白い雲が所々に浮かぶ澄み渡る青い空が広がり、遙か彼方でマリンブルーの海と溶けて見渡す限りの青の世界を創り出す。南から吹く風が海独特の潮の匂いを運び、航海者の髪を揺らす。
 ――そんな爽やかな日和に、今にも死にそうな、真っ青な顔色をした少年が覚束無い足取りで手すりに寄りかかったかと思うと、
「おえぇぇぇぇぇぇ……」
思わず、胃の中身を戻してしまった。
「だ、大丈夫か?チェスター……」
クレスが心配そうに声をかける。努力家のチェスターも、どうも船酔いには勝てないようだ。
「ちょっと、男ならしっかりしなさいよね〜?」
アーチェが大げさにため息をつき、憎まれ口を叩く。ここでいつもなら恒例の口喧嘩が始まるところだが、チェスターにはその気力も残ってないらしく、「うるせぇ」と情けなく呟くだけで終わってしまった。
「なんだ…酔ったのか?チェスター君」
そこに、先ほどまで船室で寝ていたリンネが出てきた。
 上半身を黒のタンクトップと少々動きにくそうなジャケットに包み、下は迷彩色のアーミーパンツという女らしいとはかけ離れた服装で。
「意外と船弱いんだな…船酔いの薬ならすぐに調合できるけど、飲むか?」
「あ、ああ…頼む……」
チェスターがリンネに連れられて船室に戻ろうとした時だった――

「うわぁ!?」

「きゃあ!!」

 船体が大きく揺れ、悲鳴が上がった。
 その視線は空に向かい、その先には魔物の群。

 「魔物?!」
「ちょ、ちょっと多くないぃ?!」
クレスとアーチェが身構える。
 確かに、異様に魔物の数が多い。まるで1年前の旅の頃のように。
「く・・・チェスター君、下がってて!」
リンネはチェスターを放り投げると、腰の刀を抜き、甲板を蹴った。
 因みに放り出されたチェスターは背中を打ち、胃の中の物を戻していた。(ファンの方すみません)
「破ッッ!!」
剣戟が魔物の翼を切り落とす。片翼を失くしバランスを失った魔物は甲板に叩きつけられ、そこにリンネの追い撃ちがかかる。リンネは空かさず返す刃で右斜めから襲い来た魔物の喉を斬り裂いた。休む暇もなく横に跳び、爪を避ける。

―――何だ,この数は・・・?

 「ファイアストーム!!」
クレスやアーチェの方を見ると、アーチェが焔で一気に敵を片付けていた。クレスも一般人を庇いながら魔物を切り落としている。しかし、それにしてもなかなか数が減らない。そんな事を考えていると、
「!チッ・・・」
爪がすぐそこまで迫っていた。既に避けきれる距離はなく、刀で受流し、空いている刀を突き立てた。魔物は胸から鮮血を吹き、そのまま甲板に堕ちた。
「キリがないな・・・・・・」
呆れたような口調でぼやき、周りを見渡す。森や平地ならともかく、此処は船の上。下手にリンネが思いっきり闘うと一般人はモチロン、船まで壊しかねない。
「リンネ!後ろ!」
手を休め、考えているとアーチェの悲鳴にも似た叫びが聞こえた。その声に我に返ると、魔物のまがまがしい気配がすぐ背後にあった。
 既に避けるも、受け止めるも間に合わない。
「く・・・」
リンネが覚悟を決めた次の瞬間、

ヒュッ

風を切る音と共に、魔物の体が前のめりに倒れこんだ。それを避け、背中を見ると一本の矢が突き立てられている。
「チェスター!もう大丈夫なのか?!」
「大丈夫じゃなくても・・・こんだけの数残ってるのに見物してられっかよ・・・」
チェスターは船酔いはまだ治らないらしく、ゆらりと力なく立って、矢を番える。
「無理はしないでよねバカ男!後が大変なんだから」
アーチェはアーチェなりに心配しているらしい。
「うっせぇ・・・テメーこそ手加減忘れて船こわすんじゃねぇぞ・・・」
無論チェスターも言い返すが、いつもの勢いがない。本当に大丈夫だろうか・・・・
「クレス君・・やっぱこの魔物の異常な数はあの隕石が原因なのか?」
「まだ、分かりません・・・・・・」
「でも、原因を考えるなら、それしか見当たらないよねぇ・・・・・・また厄介な敵にぶち当たったらしいな、私も君らも」
リンネは苦笑交じりに言う。クレスも同じく苦笑いで相槌を打つ。
「でも・・・これじゃあきりがないじゃん・・・どうしろってのよ・・・大きい魔術使うわけにはいかないし・・・」
アーチェも魔力を制限されて、思うように戦えない。
「どうしようもないな」
リンネはきっぱりと諦めにも似た言葉を吐く。
「・・・・・・・・・・・・暴れないでくださいよ、リンネさん」
クレスが不安げにストップをかける。
「いや、アレは生命の危機に瀕さない限り大丈夫でしょ・・・?」
と、アーチェ。
「どっちにしろ、このままじゃ・・・確かに数は減ってはいるものの・・・まったく、こんな船1隻に魔物さんもご苦労様なことで」
残りはまだまだいる。
 ―――ちなみに、クレス、アーチェ、リンネらが話し合ってる間、チェスターが1人がんばって敵を射落としていたりする。
「・・・話してる暇はなさそうだな」
リンネは溜め息をつくと、再び刀を振るう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ〜・・・・・・なんで私達がこんなみみっちぃことしなきゃいけないのよ〜」
カエリラは不満そうに前を行くショウに訊ねる。
「あのな・・・とりあえず今は移動手段探すのが先やで?こんな辺鄙な星にかまっとる暇はないんや。せやけどアンタがどうしてもゆうからこうして魔物を増やしたんやないか。」
ショウは呆れ果てたようで、足を止め、樹に寄りかかる。
「それがみみっちいっつうのよ!!私はこんなことしたいんじゃなくて暴れたいのー!!」
カエリラはまるで子供のように駄々を捏ねる。
「はぁ・・・これやったらワイ1人で行動した方がマシや・・・大体この星潰してもワイらには何の得もあらへんで?それに移動手段もまだみつからへんのにこの星潰してどないするんや…潰した後で手段見つかって、使えへんようになったらあかんやろ」
ショウが説明すると、カエリラは面白くなさそうに納得した。
「あ、でも!」
と、おもったら頭上に電球を浮かべ、明るい表情で顔を上げた。
「今度は何なんや・・・」
これ以上付き合ってられるか、といった様子でカエリラを見る。
「この前、この星に来たときに出くわした3人組いるじゃん?あいつらまだ生きてるよねっ?!」
「あぁ、生きとるな。というか、生かしといたんやろ、お前が」
クレス、チェスター、アーチェのことだ。
「うん、そ。こういうときのためにね〜。派手に暴れるのがダメだったらってことで。時々ならあの3人にちょっかい出してもいいでしょ〜?腕もなまってるし、感覚戻すのにさ」
「まぁ、目立たんくらいならな・・・・・・派手に暴れてしもうたらマークされて行動制限されかねへんからな、気ぃ付けや」
「サンクス、ショウ!!それじゃあとっとと先回り〜」
語尾に♪が付きそうな勢いでショウに抱きつき、離れ、早足で歩き出す。
「あのなぁ・・・その前に奴らの行き先知っとるんか?そもそもあの近くの村にとどまっとる可能性もあるんやで?」
「大丈夫大丈夫〜。だってあいつら私達の会話聞いてたんだよ?まぁ、黙って聞かせてたんだけどさ。それであの会話聞いて、どっかこの星の中心的な大きい都に知らせに行かないわけ無いって・・・だから一番大きい街に行けばいいんだよ」
「ほぅ?どないして?」
カエリラがフリーズした。
「・・・そ、それは今から考えるの・・・ってことで何か考えなさいよショウ!」
「3人にちょっかい出したいんはアンタやろが・・・・・・」
結局自分が存する羽目になるのか、とショウは肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

++後書++

カエリラちゃんとショウ君書くのなんか好き・・・〔笑)そのうち絵でも書きたいなー・・・・・・
というか中途半端ですみません

 

モドル